
3泊4日(旅行自体は4泊5日)のコミュニティ滞在は、短くてあっという間だったけど、本当に充実した4日間だった。
アボリジナルアートコーディネーターのmayumiさんに出会ったのはもう10年以上も前。今では、本音を安心して話せる大切なメルボルンの姉ちゃんであり、mentorでもあります。
おみやげ屋さんの派手な絵、っていうイメージしかなかったアボリジナルアートの本物をmayumiさんの当時のギャラリーで初めて見た時には、すっごく感動したのを覚えている。ナショナルギャラリーとか色々本物を見る機会はどこにでもあるのにね。。
時間があったらチラッと寄っては、座り込んで絵を見せてもらってた。そして、Mount Liebigのコミュニティの話を毎回聞いては、よくわからないけどすごく惹かれた。
芋虫食べた話とか、車がパンクした話とか。。なぜだろう。笑
でも、憧れの地は遠くて、当時の私の体は今よりもずっとずっとボロボロだった。話を聞いては、いいなぁー、って思っているだけ。
それから、手術を重ね、元気とはいえないまでも、痛みに耐えないといけない日が少なくなって、免許も取って。。
で、一昨年の誕生日にやっと実現しそうになったけれど、行けないことになって。。
で、今度は、私が妊娠して無理かと思ったけれど、流産したことで話がどんどんと進み、でも、まただめになるのかなぁ、ということもあったりしてチケットを取るまでは、またいつだめになるか、ちょっと不安もあったけど、やっと行けるようになった。
それに、今まで一緒に行きたがらなかった旦那も一緒に行く気になってくれたのも大きな事だった。あまりひつこく(10年も)いってもしょうがないって諦めてたんだけど、あこがれの場所に行くのに、後で一緒に感動を分かち合えないのは悲しいからね。。
本当に自分の今の状況、体調、全部全部がすべてパーフェクトなタイミングで来ることが出来て本当に嬉しかった。
行けないと思ってたところに紆余曲折あってやっと行けるようになって本当に嬉しかったけど、なんでそんなに憧れるのかはよく分からなかった。
行く前にmayumiさんにも”何も期待できないから。何もできないかもしれないから。”と言われていて、何もないのもいいな。と思っていたけれど、結局は、子供たちが暇さえあれば遊びにやって来て、2回も狩りに連れてってもらって、後は、空と太陽と星と大地があって、ゆっくりと流れる時間があって。(犬もいっぱいいて。)何もないと思っていた場所に、沢山のものがあったし、いろんな経験をさせてもらった。
村は、アーティストはほとんど町に行ってしまったらしく、人も減っている様だし、伝統を受け継ぐ人も少ないらしく、他にもいろんな問題もあるようだけど、ほんのちょっと垣間見た感想でしかないけど、暖かい感じがした。何度も書いたけど、本当に夏休みの村。
みんながみんなを知っていて、子供はみんなで育てて。
それから、滞在中、本当に体の調子が良くて、こんなに元気でエネルギーに満ちることって今まであっただろうか?というくらいだった。
これは、私の中ではとっても不思議体験。
気候があってるのか、何なのか。
そして、だからかわからないけど、本当にここに住みたいと思ってしまった。実際には職もないし、私も資格もないし、難しいだろうけど、すごく”ここにもっといたい!長く住んでがっかりするならそれでもいいから、ここにいたい!”と思ってしまった。
mayumiさんを通してnakamarraというスキンネームを頂いても、この村の一員には、日本人だからほんとうの意味ではなれないのかもしれないけど、なってみたい!と思ったし、そこに住む人達が羨ましく思った。そして、彼らのことを全く知らないことが残念で、もっと知りたくなった。
短期間だったので、特に大人とはちゃんと知り合いになれなかったし、子供たちとももっと話がしたかった。
そして、NTに行くって言った時に、周りの人(コミュニティに行くとはいっていない人たちに)にちょっと言われたこと。
”NTはアボリジニが多いから気をつけて”
これも現実。
くったくのない笑顔の子供たちが、この先どう生きていくのだろう。
どうか、”気をつけて”って言われる様にはならないで欲しい。
そう思うと、さらに、オーストラリアとアボリジニのことについてもっともっと知りたいという気持が増えた。
この旅で、都会では見ることのできない大自然に触れて、本当に心が癒されたけど、やっぱり私達と全く違う文化を持った人の生活と触れ合うことができたのが一番の思い出。
”あそこに言ったら価値観変わるかもね。”
っても、行く前に言われた。
でも、どんなに綺麗な景色や大きく違う文化に触れ合っても、私はなかなか私のままだと思う。
なので、ちょっと長かったけど、自分のために今回の旅で思ったことを忘れないように記しておくことにした。
短期間でたくさんのものをもらったこと、少しでも忘れずにいれるように。
そしたら、何かがちょっと変わるかも。