おじいちゃん

旦那が帰ってきて、たまったドラマを見ようとしたら、旦那の実家から電話がかかってきた。
寝たきりで入退院を繰り返していたおじいちゃんが亡くなった。

私は結婚する前からこっちに居るので帰国した時に会うくらいだったけど、昔は頑固だったというおじいちゃんは、私にとってはとても優しくて、ちょっとおちゃめなおじいちゃんで、大好きだった。前回帰った時は、もう言葉も発する事ができなくて、動く事も少なかったけど、私の手をあったかい手でギュって握ってくれた。
旦那にとっては、今は遠くはなれているけど、一緒に暮らしてきた家族。
なくなったと聞いて、二人ともショックですごく悲しくて、それからおじいちゃんの事を話した。

実は前々日に電話でおばあちゃんから「おじいちゃんが元気なうちにもう一度だけ会いに帰っておいでよ」と言われていた。3年位前にそう言われて一度帰って、1年前に帰った時も会えたし、次に会う時だって会えるはず、って勝手に思ってた。結局、おばあちゃんのその思いもかなえてあげられずに、おじいちゃんのお葬式にも出れずにここにいる。

本当は旦那だけでもどうにかお葬式に間に合わないか、って考えたけど、結局、義両親が私の体がまだ万全ではないのに一人にしてはだめだ、と言われて行かない事にした。

お葬式に出て、別れを悲しみながらも、その人の人生を祝福して、集まってきた人たちとその人のことを想う。
お葬式って、亡くなった人を偲んでにみんなが集まって来るんだろうけど、残された人たちの為のものだと思ったりする。
お葬式にでれない私たちは、頭ではおじいちゃんが亡くなったのを知っているけれど、その具体的な事実を、抽象的にしかとらえることができない。
もう会えないのを知っているけど、会える気がしてならない。多分、帰国してお墓参りしても、もうこの感覚は残ってるんだろうな。

海外に住むっていうのは、こういうことも含まれてる、ってよく友達と話す。
飛行機、電話、ネット。世界はどんどん狭くなってはきているけど、やっぱりこういう時は、日本は遠い。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。